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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2173号 判決 1974年6月18日

控訴人(反訴原告) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 杉崎重郎

同 柴田次郎

同 渡辺一成

被控訴人(反訴被告) ジェイムス・エイ・リーマー

右訴訟代理人弁護士 中西金太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人(反訴被告)の請求を棄却する。

被控訴人(反訴被告)は控訴人(反訴原告)に対し別紙物件目録記載の不動産についてした別紙登記目録記載の登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は本訴については第一、二審とも、反訴については全部、被控訴人(反訴被告)の負担とする。

事実

(申立)

一、控訴人(反訴原告、以下単に控訴人という)

控訴について、主文第一、二項同旨及び「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(反訴被告、以下単に被控訴人という)の負担とする。」との判決を求めた。

反訴について、主文第三項同旨及び「訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、被控訴人

控訴について、本案前の申立として控訴却下の判決を求め、本案の申立として控訴棄却の判決を求めた。

反訴について、「控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(控訴追完の理由)

本訴については、原審に訴の提起がなされた際、控訴人の住居所が不明であるとして公示送達の手続がとられて判決言渡に至り、原判決正本の控訴人に対する送達も昭和四五年四月二八日公示送達の方法によってなされたものであるが、昭和四四年九月以降アメリカ合衆国に居住していた控訴人は当時本訴の係属も原判決のあったことも全く知らなかった。ところが、原判決に基づいて本件係争不動産の所有名義が被控訴人に変更されるに及んで、右不動産の管理人である有限会社ダンヘルム商事から控訴人に対し、その旨の通知があったので、控訴人は昭和四五年七月三〇日急拠来日し、弁護士杉崎重郎に依頼して調査をした結果、初めて原判決のあったことを知ったものである。被控訴人は控訴人が肩書住所地の被控訴人の妹の夫ラルフ・エイベル方に居住していることを本訴提起当時知っていたのにかかわらず、裁判所に対して控訴人の住居所が不明であるといつわって公示送達の申立をしたものである。以上の次第であるから、控訴人はその責に帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかったものというべきである。

(控訴追完に関する被控訴人の主張)

被控訴人は、原審において公示送達の申立をするに際し、あらゆる手段を尽して控訴人の住所を捜したが結局判明しなかったのでやむを得ず右申立をしたものであり、控訴人主張のように控訴人の住所を知りながら故意にこれを秘したものではない。したがって、控訴人の控訴追完の申立は不適法であり、本件控訴は却下されるべきである。

(本訴に関する被控訴人の主張)

一、仮に、控訴の追完が許されるとした場合には、本訴請求原因として次の通り主張する。

(一)  被控訴人は、控訴人を代理人として、昭和二八年一二月二五日別紙物件目録一記載の建物を、昭和三一年一〇月二六日同目録二記載の宅地および同目録三記載の建物を、それぞれその前所有者から買受けて、その所有権を取得した。

(二)  ところが、控訴人は右各不動産(以下本件不動産という)についてほしいままに自己名義に所有権移転登記手続をしたのであって、右の登記は無効である。

(三)  昭和三二年七月三〇日控訴人と被控訴人の代理人堀家嘉郎との間で控訴人において本件不動産が真実は被控訴人の所有であることを認めたうえ、(1)同年一二月三一日までに控訴人が被控訴人に対し二〇〇万円を支払った場合には、右不動産の所有権を被控訴人から控訴人に移転する、(2)右支払までの被控訴人の権利を保全するため、被控訴人が控訴人に対し同日二〇〇万円を、弁済期同年一二月三一日と定めて貸付けたこととし、控訴人が右弁済期に二〇〇万円を支払わないときはその支払に代え本件不動産を被控訴人に譲渡する旨の停止条件付代物弁済契約を締結したこととして、その旨の仮登記手続をする、(3)控訴人が同年一二月三一日までに(1)記載の二〇〇万円を支払わないときは右仮登記の本登記手続をする、旨の合意をし、右合意に従って、本件不動産について同年八月五日横浜地方法務局受付第三六四二八号をもって右約旨に従った条件付所有権移転仮登記(別紙登記目録一の登記、以下本件仮登記という)を経由した。

(四)  しかるに、控訴人は昭和三二年一二月三一日二〇〇万円の支払をしなかった。

(五)  よって、被控訴人は控訴人に対し前記合意によって、本件不動産について本件仮登記に基づく本登記手続をすべきことを求める。

二、仮に、控訴人主張のとおり、昭和三二年七月三〇日当時本件不動産が控訴人の所有であったとされる場合には次の通り主張する。

(一)  被控訴人は控訴人に対し、昭和三二年七月三〇日二〇〇万円を、弁済期同年一二月三一日と定めて貸付けた。仮に、現実に二〇〇万円の貸付がなされなかったとしても、同日控訴人は被控訴人に対し、従前から被控訴人に負っていた債務二〇〇万円について返還義務あることを認め、これを同年一二月三一日かぎり支払うことを約した。

(二)  控訴人は被控訴人との間で同日被控訴人に対する右債務二〇〇万円を弁済期に支払わないときはその支払に代えて控訴人所有の本件不動産を被控訴人に譲渡する旨の停止条件付代物弁済契約を締結し、右契約に基づいて同年八月五日本件不動産について本件仮登記手続をした。

(三)  控訴人は右弁済期に二〇〇万円の支払をしなかったので、右弁済期である昭和三二年一二月三一日の経過とともに被控訴人は約定により本件不動産の所有権を取得した。

(四)  よって、被控訴人は控訴人に対し代物弁済による本件仮登記に基づく本登記手続をすべきことを求める。

(本訴請求原因に対する控訴人の答弁及び抗弁)

一、本件不動産について前所有者から控訴人への所有権移転登記がなされていること、控訴人と被控訴人との間で、被控訴人主張のような金銭消費貸借契約および停止条件付代物弁済契約が締結されたものとして本件不動産について本件仮登記が経由されていることは認める。

二、控訴人が被控訴人の代理人として本件不動産を買受けほしいままに自己名義に所有権移転登記手続をしたこと、控訴人が被控訴人の代理人堀家嘉郎との間で昭和三二年七月三〇日本件不動産の所有者が被控訴人であることを認めたうえ、同年一二月三一日までに控訴人が被控訴人に二〇〇万円を支払った場合には、右不動産の所有権を控訴人に移転する合意をし、被控訴人主張のような合意の下に本件仮登記手続をしたこと、及び、被控訴人が控訴人に対し被控訴人主張の二〇〇万円を貸付けたこと、控訴人が被控訴人代理人堀家嘉郎に対し、被控訴人から控訴人に対し従前交付されていた二〇〇万円の返還義務のあることを認めたことはいずれも否認する。

三、本件不動産は、控訴人がみずから買主となって前所有者から譲受けて所有者となったものである。したがって、控訴人が昭和三二年七月三〇日本件不動産が被控訴人の所有であることを認める筈はない。

四、被控訴人主張の金銭消費貸借契約及び停止条件付代物弁済契約は、控訴人が死亡した場合、相続により本件不動産の所有権が控訴人の弟の所有となることをさけ、被控訴人の所有に移すために、控訴人と被控訴人とが通謀のうえ、真実は金銭消費貸借がなく、従って、その支払のための代物弁済などはあり得ないのに、金銭消費貸借があり、その支払の確保のため停止条件付代物弁済契約がなされたように仮装したものである。

(控訴人の反訴請求原因)

一、本件不動産は、前記のとおり控訴人の所有であるところ、これについて、被控訴人のために別紙登記目録一、二記載の各登記がなされている。

二、右一の登記の原因は、被控訴人の控訴人に対する昭和三二年七月三〇日貸付、弁済期同年一二月三一日、二〇〇万円の消費貸借上の債務の不履行を条件とする同年七月三〇日付停止条件付代物弁済契約であり、右二の登記の原因は控訴人が右二〇〇万円の債務を弁済期に履行しなかったことによる代物弁済である。

三、しかしながら、本訴に関する控訴人の抗弁のとおり、右消費貸借契約および停止条件付代物弁済契約はいずれも仮装のものであるから、前記各登記はいずれも実体と符合しない無効の登記である。(なお、右二の登記は、控訴人の控訴の追完により未確定である筈の原判決に基づいてなされた登記である。)

四、よって、控訴人は被控訴人に対し右各登記の抹消登記手続を求める。

(反訴請求原因に対する被控訴人の答弁)

一、本件不動産について控訴人主張の各登記がなされていること、右各登記の登記原因が控訴人主張のとおりであること前記二の登記が原判決に基いてなされたものであることは認める。

二、その余の控訴人の主張は否認する。控訴人主張の各登記が実体に合致するものであることは、本訴に関する被控訴人の主張のとおりである。

(証拠)≪省略≫

理由

一、先ず職権をもって控訴の追完の適否について判断する。

(一)  記録によれば、原判決は昭和四五年四月二七日横浜地方裁判所において言渡され、控訴人に対する判決正本の送達は同日公示送達によりなされたので、民訴法一八〇条一項但書の規定によって、翌四月二八日送達の効力を生じたものであるところ、控訴人は控訴期間経過後である同年八月六日原裁判所に控訴の申立をしたものであることが明らかである。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すると、控訴人と被控訴人とは昭和二六年頃から内縁関係を結んで日本国内で同棲し、昭和三二年八月二日婚姻の届出により夫婦となったものであるが、昭和三七年一〇月頃転勤により単身韓国に赴任した被控訴人は間もなく現地の女性と夫婦同様の生活を営むようになったこと、その後韓国に渡った控訴人は被控訴人の不貞の事実を知って単身で米国に移住することを決意し、昭和四四年九月頃当時韓国旅行中であった被控訴人の妹エム・エレン・エーベル、その夫ラルフ・エーベルと共に日本を経由して米国に渡り、以来肩書地のエーベル方を住所としていること、控訴人は渡米に先立ち被控訴人に対し米国ではエーベル夫妻と同居する予定であることを告げ、また、かねてより本件不動産の管理を依頼してあった横浜市内の有限会社ダンヘルム商事にも今後エーベル夫妻方に同居することを告げてあったこと、エム・エレン・エーベルは前記帰国直後の昭和四四年一〇月初被控訴人に手紙で控訴人と同居していることを知らせたこと、折り返し被控訴人はエーベル方の控訴人に宛て誕生祝(控訴人の誕生日は一〇月一一日)のカード、その他を送っていること、被控訴人は同年一一月一〇日頃前記ダンヘルム商事を訪れ、ダンヘルム商事が保管していた控訴人からの同年九月一二日付本件不動産に関する依頼の手紙、エム・エレン・エーベルからの控訴人がエーベル夫妻と同居している旨の同月一五日付の手紙などを見ていることなどの事実を認めることができ、右認定の事実によれば、被控訴人は原審に本訴を提起した昭和四四年一一月一九日当時、控訴人が肩書地を住所としていることを知っていたものと推認することができる。≪証拠判断省略≫ ところで、記録によれば、被控訴人は原審に本訴を提起するに際し、横浜市中区間門町二丁目一八七番地を控訴人の最後の住居と表示して訴状を提出し、同日原審に対し控訴人の住居所その他送達すべき場所が不明であるとして公示送達の申立をなしたのに対し、原審はこれを許可し、爾後、公示送達の方法により審理が進められて判決に至り、前記のとおり原判決正本の送達も公示送達の方法によりなされたもので控訴人はその間終始不出頭であったことが認められる。そして、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は原審における本訴の係属も、原判決の言渡された事実も全く知らないでいたところ、昭和四五年六月頃前記ダンヘルム商事から本件不動産につき被控訴人に所有権移転登記がなされた旨の通知を受け、直ちに日本国内に居住する弟榎本益明を通じて弁護士杉崎重郎に調査を依頼したこと、そして、同弁護士から要請を受けて同年七月三〇日急拠来日し、即日同弁護士から原判決謄本を見せられてはじめて原判決の言渡されたこと及びその内容を知り、その日から一週間以内である同年八月六日前記のとおり本件控訴を提起したものであることを認めることができる。

右認定の事実に照らすと、本件においては控訴人がその責に帰すことができない事由により控訴期間を遵守することができなかった場合に該当するものというべきであり、かつ、控訴人は、右事由のやんだ後一週間内に本件控訴を提起したことになるから、本件控訴は適法であると解するのが相当である。

二、そこで、本訴請求について判断する。

(一)  本件不動産について前所有者から控訴人に所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。ところで、右の事実に、≪証拠省略≫を総合すると、別紙物件目録一記載の建物については昭和二八年一二月二二日、同二、三記載の土地建物については昭和三一年一〇月二五日いずれも控訴人がこれを前所有者から買受けたこと、右買受に至った動機は当時控訴人と内縁関係にあった被控訴人が、控訴人との年令差(二三才の年長)や当時控訴人に特段の収入がなかったことなどから、控訴人に賃料収入の途をはかりその先々の生活を保障するため、これを買与えるにあったこと、従って当然のこととして両者話合いのうえ前示のように控訴人名義で所有権移転登記手続をなしたことが認められ(る。)、≪証拠判断省略≫ そうとすれば本件不動産はいずれも前所有者からの買受けによって控訴人の所有となったと認めるべきである。

(二)  次に本件不動産につき被控訴人主張のような本件仮登記がなされたことは当事者間に争いがない。

よって右の登記がなされた経緯につき判断するのに、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は当時病弱であって被控訴人より先に死亡することも十分予想される状態であったところから、本件不動産を控訴人所有のままにしておいて控訴人が死亡したときは相続により控訴人の弟に本件不動産の権利が移転することとなるのをおそれた被控訴人は、昭和三二年七月三〇日その依頼した弁護士堀家嘉郎の助言を得て控訴人の死後本件不動産を被控訴人が優先的に取得できるよう控訴人と被控訴人との間で事実消費貸借など行われなかったのに被控訴人主張のような消費貸借契約と停止条件付代物弁済契約を締結したことと仮装してその旨の仮登記をする合意が成立し、右合意に従い、右仮装の契約に基づいて本件仮登記がなされたことを認めることができる。

右認定に反し、被控訴人が控訴人に対し、昭和三二年七月三〇日真実二〇〇万円を貸付けた旨もしくは、従前控訴人が被控訴人に負担した二〇〇万円の返還義務がありこれを消費貸借の目的とすることを約した旨の≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫に照らしたやすく措信できず、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。そうとすると、右消費貸借もしくは準消費貸借は無効と認むべきであって、これに基づく債務に対する代物弁済として本件不動産の所有権を取得した旨の被控訴人の主張は理由がない。

(三)  以上のとおりであるから、控訴人に対し本件不動産について本件仮登記に基づく本登記手続を求める被控訴人の本件請求は失当で理由がない。

三、次に反訴請求について判断する。

控訴人が適法に本件不動産の所有権を取得したことは既に認定したところであり、本件不動産について、被控訴人のために控訴人主張の各登記がなされていること、および、右各登記の原因が控訴人主張のとおりであることは当事者間に争いがない。そして、控訴人主張の消費貸借契約及び停止条件付代物弁済契約がいずれも仮装のものであって、これらの契約によって控訴人から被控訴人に本件不動産の所有権が移転するに由なく、また前記各登記が実体と符合しない無効の登記であることも、既に本訴について認定した事実に照らし明らかである。してみれば、被控訴人に対し右各登記の抹消を求める控訴人の請求は理由がある。

四、よって、控訴人に対し本件仮登記に基づく本登記手続を求める被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるから民訴法三八六条に従いこれを取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、控訴人の反訴請求は、これを認容することとし、訴訟費用の負担について同法九六条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 小田原満知子)

<以下省略>

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